今週は、読者の方からの質問に答えます。
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 仕 事 美 人 の メ ー ル 作 法              < 読者からの質問(2)>
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                        「割愛」と「省く」


  海外在住の読者の方から下記のご質問をいただきました。

 <読者からの質問>------------------------------------------------

  質問なのですが、メルマガ後記の
  「本日の支援情報・帰ってきた 仁義なき広島弁普及促進講座」
  への記述で、以前は「割愛」という言葉を使われていたと思います。

  しかし、最近では「省きます」と記されていますね。
  (わたしの記憶違いだったらすみません…)
 
  これは何かの意図があってのことなのでしょうか?
  もしかしたら、ご自分の文章に「割愛」という尊敬語に値する
  (かもしれない)言葉を使うのをはばかってのことでしょうか?

  ということは、自分の文章に対して
  「割愛」を使用するのは不適切なのでしょうか?

  むかし日本の新聞のテレビ欄で、
  深夜枠に「以降の番組は割愛いたします」のようなことが
  書いてあったのを思い出します。
  これは新聞社が各テレビ局に恐縮しての「割愛」なのでしょうか?

  もしかしたら、メルマガの内容になりうる理由からかもしれない
  と思い、質問いたしました。
                          (読者 T.Aさん)
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 T.Aさん、鋭い質問、ありがとうございます。

 確かに、メルマガヘッダーの後に
 (本日の支援情報)と(帰ってきた 仁義なき広島弁普及促進講座)
 というコーナーを設けておりまして

 以前は、ちょっとした情報を書き添えていたのですが
 配信がギリギリになったり後れたりして
 最近は、書けずにいることが多くなっていました。

 T.Aさんの質問にある通り、
 当初は「割愛します」と書いていたのですが
 途中から「省きます」と書くようになりました。


 ここで、改めて
 「割愛」と「省く」の意味を確認してみましょう。

 「割愛」とは、惜しいと思いながら手放したり、省いたりすること
 「省く」は、取り除いて減らすこと

 という意味の違いがあります。

 「割愛」は、時間や紙面の制限のために
 惜しみつつも切り捨てて省略する、という意味合いがあります。

 わたしが
 (本日の支援情報)と(帰ってきた 仁義なき広島弁普及促進講座)を
 省略したのも、

 時間が足りなくて
 書きたくても書けない! という状況から
 「割愛」という言葉を使っていました。

 でも、そうした状況が続くうちに
 「・・・は割愛します」と書いていると
 最後の「す。」が一行内に収まらず
 余って次の行に送られるのが気になり始めました。

 それで、文が一行で収まるようにと
 「割愛します」から「省きます」に替えた
 というのが真相です。

 したがって、特に意図はありません。

 「割愛」には、愛着の気持ちを断ち切る、という意味合いもあり、
 相手に対して「省きたくはないけれど、都合上省かざるをえない」という
 残念に思う気持ちが込められている言葉と捉えることができます。

 わたしがヘッダーの下の2つのコーナーを省くときも
 読者サービスで始めたコーナーなのに、書けなくてごめんなさい!
 という気持ちがあるのは確かです。



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